第57号 株式会社松田商店 松田真彦氏

茶業に携わるたくさんのガンバル人の中から、とびきりの頑張りやさんをご紹介するこのページ。
今回ご紹介するのは、藤枝市茶町の松田商店様です。創業は江戸寛政年間、二百年余の歴史を持つ茶問屋さんですが、平成六年に全国茶審査技術競技大会で優勝した社長に続いて、昨年同大会で社員の小泉純也さんが準優勝されるなど、茶審査技術の利き茶日本一の実績があります。お茶そのものについて勉強家であるだけでなく、マーケティング・経営理念・社長学・社員教育と幅広い研修を受け勉強を続けて来られた社長。根底にあるのは、「一点の曇りもない日本茶。その素晴らしさを一人でも多くの人々に届けたい」という熱い思いでした。
●会社は社長で決まる
県議会議員をしていた父が亡くなったのは、私が三十四歳の時でした。葬儀の参列者は二千人で県知事が葬儀委員長。緊張して悲しむ間もなかった。それが私の社長業のスタートです。
 父は社長でしたが家業は三人の弟に任せていたので、私は大学卒業直後から「将来は社長」という覚悟がありました。東京の有名な先生の「社長学」という講座に通ったりしていましたね。その頃にはぼんやりとしか掴めなかったのに、今になると「なるほど」と思い当たるメッセージもあります。たとえば「会社は社長で決まる」という言葉、現在の方がずっと鮮明な輪郭で迫ってきますね。
●「まつだより」はラブレター
我々は大手問屋ではないので、今日は作業着を着て工場でお茶を作っているかと思うと、明日はネクタイを締めて新幹線に乗って営業に行くという仕事のスタイル。大手さんが毎月消費地を回れても、少人数の当社は中々充分に訪問できません。そこで作ったのが「まつだより」というニュースレター。当時の恋愛の三種の神器は、電話・手紙・デートだったんですが、中々会えない(デートできない)相手への片思いを何とか両思いにするためのラブレターのようなつもりで書きました。
 パソコンもワープロもない時代、全部手書きでね、今見ると小学校低学年のレベルですが(笑)、産地の情報、荷動きなど、「静岡発」ということが大変喜ばれた時代でした。ラブレターですから、まず自分という人間を知ってもらうためのメッセージを伝えることが先決。いきなり「結婚してくれ」と迫ったら拒絶されてしまうので、商品の宣伝は一切しない。そこは今でも守っています。
 実は一度休刊しているのですよ。「若いんだから率直な情報を遠慮なく伝えて欲しい」というご意見を何人かの茶店主さんからいただいて、若いから本気にするじゃないですか(笑)、「こんな風だから売れないんだ」というようなことを書いたんです。そしたら年配の茶店主さんに「まつだよりを読むとテンションが下がる」と言われた。とても落ち込みました。喜んでもらおうとやっていることが、実は傷つけていたなんて、とショックでしたね。
 復刊した「まつだより」は、現状を伝えるだけの「新聞」は卒業して、「どうしたら売れるか」「なぜ売れないか」というマーケティング的な茶販売情報に努めています。大変ですが、この作成こそが自分たちの何よりの勉強の場になっています。
●エスキモーに氷を売る経験
 茶産地である地元で、新たにお茶を売るチャレンジは、いわば「エスキモーに氷を売る」に等しいこと。そんなチャレンジを今年から試みており、ダメもとで実行したせいか、うまくいっています。
 むろん私たちは茶の小売の素人です。大きな売上を作れているわけではありませんが、「顧客はいた!」という貴重な体験をしています。失敗も含めて、こんな情報も「まつだより」から発信しています。
●非効率が産むモノ
「人を育てる 家業を目指す」これが当社の大きな柱です。効率を求める企業ではなく家業。本当においしいお茶を求めて、非効率もOKなのです。
 当社の工場は各工程の機械は繋がっていないので、次の工程に行く前に必ず人間がチェックをする仕組みです。スピーカーはパイオニア、アンプはアイワ、というイメージですね。実際に味や香りを確認して「この味は必要だから次工程では‥」と都度判断を加えて軌道修正して目指す味を引き出す。効率を求めていたら絶対にやりたくない手法ですし、量販店などのロットには到底応えられない。でも本当に特長のあるおいしいお茶は、こういう非効率な手作業から生まれるのだと信じています。
●お茶はオールラウンド
お茶って本当に良いものですよ。たとえばお酒なら、飲酒運転とか飲み過ぎて健康を損なうとか「負の側面」がある。自動車なら交通事故とか環境汚染とかね。お茶は一点の曇りもないオールラウンドです。
 「お茶づくり 人づくり」が経営理念ですが、こういう非効率で面倒な作業を気持ち良くやるのが、当社の社員です。求めるお茶を作るためには、そのために手をかけることを厭わない人材を育成することが欠かせない。
●まかせて成長させる
私はお茶作りについて、細かい指示はしません。社長が細かい口出しをして、社員が指示どおりに作るのでは、工夫も生まれないし、第一作っている本人も楽しくない。お茶作りだけでなく、私は質問に答えないように努力してますよ(笑)。
 質問されるとね、社長って何か答えをその場で出しちゃうんだなあ!沢山案件を抱えていて忙しいから、直感で即決しようとする。そうすると社員は考えないでその通りにするでしょう。それで失敗したら「社長が言った通りにしたのに」となる。
 自分で考えて悩んで挑戦して失敗していいんです。一生懸命やったのならクヨクヨ悩まないで、家にも翌日にも持ち越さない。そうやって社員に成長してもらっています。
●仕入れへのこだわり
仕入れにも徹底的にこだわります。あいまいな仕入れはしません。帝国ホテルの村上料理長が「素材の味が七割」という言葉を残されたが、お茶も同じです。素材はごまかせないのです。生産農家と提携して指導する、小さなお茶工場の素性のはっきりしたお茶を仕入れる、など、私と番頭の真剣勝負です。
●教育は共感と喜び作り
社員の成長という意味では、妻を筆頭に(笑)女性社員の成長には目覚しいものがあります。以前は補佐役というイメージだったのですが、意識して女性に活躍の場を与えるとどんどん輝いていく。たとえば出荷一つにしても、女性は気配りがあって綺麗に荷造りをしますし、電話での応対もソフトですしね。採用面接の時には、「日本茶アドバイザーの資格を取得したら時給を三十円アップします」と説明しますが、その時に「面白そう。挑戦してみたい!」と思う人か、「私にはムリムリ」と思う人かでは雲泥の差がある。もちろん前者を採用しますが、やはり意欲のある人は、一事が万事ですね、多少つまずいても自分で失敗を乗り越えて成長していきます。
 私は実は教育学部を卒業しているんです。ええ、教育実習にも行きました。それだからか、まわりの人が成長したのをみるのが一番の幸せですね。教育って共感と喜び作りの連鎖ですね。
●仕事への誇り
社員数十五名の中で、日本茶インストラクターが四名、アドバイザーは七名です。茶審査技術の向上にも、積極的に取り組んでいます。売上や利益を上げるというのだけが仕事の目標だとしたら、自分の仕事に誇りが持てるでしょうか? 数字だけでない、本人自身が誇れる何かを得られる会社でありたい、仕事を通して、人を輝かせたいと考えています。
●目指すは「開発型問屋」
「開発型問屋」を目指すことは、今当社とビジネスパートナーである方からの提言でした。お茶しか知らない自分たちからは出ない発想です。その方は、お茶の価値を深く広く認めてくれる企画のプロなのです。
 そこから今後やっていきたい二つのことが生まれました。一つは「お茶でビジネス支援」というコンセプトで立ち上げた新しいブランドです。これは自社販売でなく、卸先・代理店さんと協力して新たな「お茶の顧客創造」を実施していきます。
 もう一つは「茶専門店でこそ売れる商品」の開発です。リピート性・定着性が強い茶専門店さんの来店客が、お茶や茶関連品以外で「何だったらサイフからお金を出して頂けるか?」それを追求、探求して商品という形にしていく。それには茶店主さんのご意見をたくさん聞いて、協力して開発していくことが不可欠です。この商品開発は必ず実行していきたいことなので、賛同される方があれば是非ご一報ください。お待ちしています。