第57号 新潟銘茶浅川園 古舘邦彦氏

 

●浅川園さんと言えば「とくめ」というイメージが強いのですが、実際の店頭では新しい試みである「いい葉にほ。」がメインですね。
「とくめ」は、今でも浅川園の看板商品です。芽茶の評判が良いが、稀少で中々手に入らないことから、浅川会長が静岡産の高級煎茶を芽茶のように細かく裁断して強い火入れをし「とくめ」と命名しました。「このお茶でなければ」と認めてくださったお客様に、浅川園は育てていただいたという歴史があります。
 もう一つの商品の柱が「ゆうき茶」です。十年以上前から、無農薬・有機栽培の、生産者の顔が見えるお茶に取り組んで来ました。お茶離れしていると言われる若い世代のアンテナにも引っかかり、手にとってもらえる商品づくりを目指して、「ゆうき茶」を「いい葉にほ。」というブランドに再構築中なのです。まだ途中ですが、手応えを感じながら試行錯誤しています。
●平仮名で「ゆうき茶」。どこか「勇気をもって有機栽培茶に取り組もう」という決意を感じる命名ですね(笑)。
そうですね(笑)、十数年以上前にお取引のある問屋さんや農協さんに「無農薬有機栽培茶に取り組みたい」とお話ししたら、皆さん「今の日本では無理ですよ」「やめた方がいいですよ」とおっしゃった。けれど「損得より先に善悪を考えよう」という商業界の研修会での講師の言葉が心に響いてね、それをお茶に置き換えるとどういうことになるのだろう、と考えさせられたのです。日本茶は成分的にも健康に良いと認知されていながら、農薬や化学肥料をたくさん使って栽培されている。からだに良い影響を与えると思えないものを平気で使い続けることは「善いこと」とは思えない。
 実際、当時無化学農薬有機栽培に取り組んでいる生産家の方はごく少数で、周囲からは「変わり者」とされていました。問屋さんも「あのうちは無農薬らしいけれど、付き合いはないからなあ。家の前まで車で送って行くだけでもいいかなあ」という感じでね(笑)、玄関先で下ろしてもらっていきなり訪ねていきました。最初はもちろんすげなく断られましたよ。精神的にもキツイ思いをしながら無化学農薬有機栽培に取り組んでいらっしゃるところに、見ず知らずの商人が突然行っても話になりません。でも皆さんとてもいい顔をしていらっしゃるのです。「この人たちの作ったお茶なら信頼できる」と私も信念をもって毎年通い、三年目にようやく納めていただけるようになりました。全国で十二名の生産者が、浅川園専用に無化学農薬有機栽培のお茶を作ってくださっています。
 今ではどの生産家さんたちとも裸の付き合い。お茶の仕入れで産地に滞在する時にもホテルをとらずに泊まらせてもらってね、逆に農閑期にはご夫婦で我が家に雪見にいらっしゃる家族ぐるみのお付き合いです。彼らの影響もあって、私自身も数年前から無農薬で自給自足、お風呂は薪で焚く生活をしていますが、だからこそ農薬を使わない栽培の手間や苦労が分かち合える。たとえ霜にやられても買いますよ。それが手間を惜しまない彼らの姿勢に商人として応えるということですから。
●そして「いい葉にほ。」につながっていくのですね。
「生産者の顔が見える安心安全なお茶」という切り口で無化学農薬有機栽培茶を打ち出す、という時代はもう終ったのではないか、と感じているのです。もっと当り前に、もうちょっと先を行く感覚で、次の世代を惹きつけたい。
 「いい葉にほ。」は、まず小さなお子さんでも覚えられるような語感を大切にしました。「あいうえお」とか「いろはにほ」とか、いつの間にか覚えて口から出てくるような語感ですね。もともとは「いいお茶を飲んでほっとしよう」というような意味を込めていますので、最後は「ほっ」と小さな「っ」を入れようかどうか迷ったのですが、説明が先に立つのではなく、まず言葉がからだの中にすっと入っていくことを大切にしたくて「いい葉にほ。」に落ち着きました。
 体験型喫茶として展開している「茶・to」には、沢山の若い方が来店されますし、お茶講座ではお茶に対する関心の高さに驚かされます。特に子育て世代の若いお母さんたちは本物志向が強いですね。しかし、今の「とくめ」「ゆうき茶」では彼女たちの生活感に沿っていない。また私は新潟スローフード協会の理事なのですが、スローライフ・スローフード・ロハスというライフスタイルの方たちというのは、浅川園にご来店くださるお客様たちとは空気がちがうのですよ。うまく言えませんが、泥臭くないというのでしょうか。
 普段お茶を買わないそういう人たちに足を止めてもらいたい。昨年六月に新潟で開催されたスローフード・スローライフ展に出展した時には、「売ろうと思うな」「浅川園の色を出すな」と言いまして、展示もパッケージもすべて、パソコンを使って自分たちで作り上げました。苦労しましたが、お茶を買わない人の反応はありましたよ。方向性は間違っていないと確信して、社員の意見も出し合いながら進めているところです。
 たとえば、文字。「既存の書体ではなく、若い人の心に届くような文字がいいなあ」とこの企画に共感して力を貸してくれているデザイナーに話したら、「それなら若い子に書いてもらえばいいじゃない」と言われて。デザイナーだけでなく、会長も含めた社員八〇名に書いてもらって、名前を伏せて投票しました。断然得票数が多かったのは十九歳のアルバイトの子の文字。驚かされました。
●いまどきの文字でありながら、しゃんと一本筋が通ったような真面目な感じが伝わる文字ですね
一週間に一度、企画会議をして進めているのですが、私の頭の中だけでは出ない発想が生まれる楽しさがあります。たとえば百グラム千円の上のグレードで千五百円の品物のネーミングは「高級」でも「特撰」でもない。「もっと、いい葉にほ。」です。
●素敵なセンスですね。店頭では、百グラムと一緒に三〇グラムパックもかなりのボリュームで並べていらっしゃいました。「少量パックは手間ばかりかかって」というお声を、お茶屋さんからはよく聞きますが…。
確かに倉庫で商品を作る社員にとっては、小分けしてシールを貼って、という手間は面倒ですが、「文句を言うな、俺がやる」と言って(笑)、実際に倉庫で作業すると「社長の人件費かけたら合わない」と言われて追い出されたりね(笑)。
 いや、子育て世代の女性にとって「百グラム千円」という価格は「高い」と感じるらしいのです。茶・toのお茶講座でも、百グラム千円のお茶を湯呑み一杯に換算してお話しすると「なあんだ、案外安いのね」と発見されるようですが、感覚としては敷居が高い。一方三十グラム三百円には抵抗がないようで、ちがう産地の「いい葉にほ。」三十グラムを三つ以上購入される場合が多いですし、この夏には五種類を一セットにして網代の籠に入れた二千円の手土産が、若い人によく売れました。
いくら「中味は同じ」でも、十数年かけて浸透させてきた「ゆうき茶」を「いい葉にほ。」に名前もパッケージも切り替えるのは、とても勇気がいると感じます。
私たちは対面販売ですから、パッケージに入ったお茶を並べているだけではないので、とまどうお客様一人一人にこちらの想いを伝えることができます。私は店長会議でも「売れ売れ」と売上ノルマで追い詰めることはしません。たとえば、どうして「いい葉にほ。」なのか、という想いをエピソードを交えて伝えることが主眼です。「またこの店に来たい」とお客様が思ってくださるような接客が基本なのだと思います。
●体験型喫茶「茶・to」も二〇〇〇年スタート。茶業界の先駆けでした。実は取材に伺う途中で、通りすがりの若い女性に「浅川園さんのチャトはどこですか?」と聞いたら「チャットですよ」とやんわりたしなめられまして(笑)、新潟の若い女性にとって自慢のお店なのだなと感じました。
そうですか、確かにこちらから宣伝しなくても、FMラジオがライブをしてくれたり、クーツグリーンティを松田社長が展開しようとしたきっかけが「茶・to」だったり、若い方の認知度は高いのかも知れません。この店の命名も、社員から募集しようと考えていたら、設計してくれた若い女性の設計士さんが「私もエントリーしていいですか?」とおっしゃってね。「チャット」というのはパソコンの世界でのおしゃべりみたいなものだ、と提案されて「ああ、これだっ」という感じで決まりました。
 次に「お茶の時間を体験してもらうのにお菓子は必須だろう」と考えて、本社のある卸新町のお菓子材料の問屋さんに相談したら、「やめとけ」と言われましてね。まあ、だいたい私がやりたいということは、周囲に「やめとけ」と言われるのですが(笑)「素人が手を出してどうする」と諭されました。諦めきれずにいたら、奥さんがお菓子学校の校長先生でして、「基本中の基本であるシフォンケーキに特化しなさい。シフォンケーキなら浅川園と言われるくらいに修行しなさい。それなら協力してあげる」とおっしゃってくださって。実はそれまでシフォンケーキなんて知らなかったですよ。「なんだ、飾り気なくてつまらんなあ」と内心思いましたが、女性社員二名燃えましてね、数週間通い詰めて「茶・to」の看板であるシフォンケーキをモノにしてくれました。
 こうしてお話ししていても、私ひとりの力で出来ることには限りがあるということを改めて感じます。甥っ子の私を導いてくれた会長、教職を続けながら消費者の立場で鋭い意見を言ってくれる妻、シフォンケーキをはじめとするメニュー開発の中核である取締役の本間も、現場との橋渡し役として本当に良く働いてくれます。「人を見てお茶を買え」という会長の教えから、価格で振り回すようなお付き合いではなく「この人なら間違いない」という信頼関係に立ってお取引しますので、本当に腹を割って相談し合える取引先にも恵まれています。外の世界から戻って、工場長・アピタ店店長として浅川園を盛り立ててくれる二人の息子と共に、「店はお客様のためにある」という基本を旨に、損得より善悪を大切にした真の商売を続けていきたいと思っています。