「コト」に「モノ」を埋め込む?!

茶神888の呈茶に並ぶちびっこたち

 お茶のヒーロー、茶神888の話をします。2013年1月発行の茶事記のインタビュー記事で取材させていただいた時から、呈茶している「茶神888」のもとに、ちびっこがお茶を淹れてもらう為に行列している写真が、すごく心に残っています。
 普通、幼稚園児くらいの年齢の子どもが、自らの意志で「急須で淹れたお茶」のために並ぶなんて考えにくいものです。でも、茶神888というヒーローがきっかけで並んでまでお茶を飲もうとしているのです。
 もっとおいしいモノ、もっと安いモノ、と「モノ」に焦点を当てることより、ワクワクするコト、面白いコト、と「コト」に焦点を当てることの大切さを感じます。思い切っていうと「コト」の中に「モノ」を上手に埋め込んで消費者にお財布のヒモを開いていただく仕掛けこそが、勝負の分かれ目、という気さえします。

妄想を膨らませてみたら

 あるお茶屋さんと茶神888の話をしていて、その発想の柔らかさにビックリ!
 「武器は茶柱ブレード(剣のこと)がいいよ。切られたら幸せになっちゃう!」「急須ガン(鉄砲のこと)なんてどうかなー?急須のカタチした鉄砲からピシューってお茶を淹れてさ、相手は飲んだら和んじゃって戦いにならないとか!!」「子どもがさ、急須ガンをクリスマスプレゼントに買ってー、とお母さんにおねだりしたりして(笑)」「たとえばさー、兄弟でママの怒りを鎮めるには急須ガンでお茶を淹れようとか真面目に相談してるとか!理想だよねー」「正義は一つで、それ以外は悪。だからどんなひどいめに合わせてもOKっていう今までのヒーローとはちがう世界観だよね」「お茶のヒーロー、世界に輸出できるんじゃない?」と妄想は膨らむばかり。

真剣に荒唐無稽に取り組む

 確かに「お茶には世界平和に通じる和の心があるのです」と語るよりも、お茶に興味のない人達には、荒唐無稽な妄想アプローチの方が、心に引っ掛かるような気がします。厳密に正しいかどうかよりも、面白いか、伝わるかがポイント!お茶というモノの本質を、荒唐無稽に仕掛け、本気で真剣に取り組みたいですね!
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