第55号 株式会社 楽山 斉藤弘次氏

茶業に携わるたくさんのガンバル人の中から、とびきりの頑張りやさんをご紹介するこのページ  
今回ご紹介するのは、東京神楽坂の楽山様。茶専門店で購入していても店名を覚えていない消費者の多い座談会の中で「神楽坂銘茶」「楽山」という名前が出るお店です。消費者は「神楽坂の老舗」という認識ですが、なんと現社長が一代で築いたブランド。2005年に本店ビルを改築・飯田橋駅ラムラ店改装と、今とても元気のある茶小売専門店です。「仏様のような社長」と評されている斉藤社長は、神楽坂商店街の会長もされた人格者。いつも笑顔で飾らない、とても魅力的な方でした。 
神楽坂銘茶 株式会社楽山
代表取締役社長  斉藤弘次氏

温厚な社長は、とてもチャーミング。幼い頃、店の玄関をくぐると厳しく叱られたとご子息は語られた。内に厳しく外にやさしい。
●自分に厳しく人にやさしく   
私は掛川の製揉機屋に生まれました。6人兄弟の一番下でね、昭和31年に学校を卒業しました。「折角お茶処に生まれたのだからお茶に関係あることをしよう」と浅草(現在は湯島)の大佐和さんにお世話になりまして、そこで3年修行して、33年の夏に独立しました。とは言っても店はないから引き売りで、自転車にお茶を乗せて御用聞きして納品するという商売です。
この成績が結構良かったので、34年の12月に新宿に床店(とこみせ)を出しました。小さな店でね、家内が店番をして私は相変わらず外商です。ここで9年頑張って、この神楽坂の現在の場所に出店したのが昭和43年、法人化して「楽山」になったのは昭和54年の2月です。
よく商店街の人に言うんだけど、私たちは夫婦とも田舎から出稼ぎに来た開拓民ですよ。お茶のこと以外は知らないことが多い。だから「自分に厳しく人にやさしく」、これだけは心掛けています。ハハ、自分で言っちゃあ価値がないよね(笑)。でもさ、人様に可愛がっていただける人間でありたいもの、そのためには自分や身内に厳しく、お客様はもちろん人様に対してやさしくというのが基本と思うのですよ。

楽山。この響きとロゴの魅力。
どこまでも統一することでブランドを立てた。
●名付け育てた「楽山」   
「楽山」という店名はね、私が考えたの。一文字は「神楽坂」という地名からもらおうと思ってね、「楽しい」っていう字、左右対称でしょ。左右対称の字は、半分見れば全体が想像できるし、何より座りがいい。それでまず「楽」が決まった。あと一文字、何を使おうかって考えて、やっぱり左右対称で座りの良い「山」という字を選んだんです。
もし本当に老舗だって消費者の人が感じてくれているとすれば、この店名の書体のおかげだねえ。これは今年92歳になる有名な篆刻作家、河野斗南先生に書いていただいたんです。この先生に巡り合えたことも幸せ。
看板だけでなく、お茶の袋も箱も手提げも、何から何まですべてこの書体を前面に押し出して統一することで、老舗らしさが出ているのかもしれないと思いますよ。言い換えれば専門店らしい店格というのかなあ。
神楽坂本店ビルはガラス張り。目立つのに街に上手にとけこんでいる。
●ガラス張り六階建て
新しいこのビルは、6階建て。1階がお茶屋で最上階が住まい。あとは飲食のテナントです。私はどうせ店を作るなら数寄屋造りで、と考えていたのですが、「テナントさんに、和とか洋とか限定しないで入ってもらえる上品だけど目立つ建物」という息子達の説得があり、ガラス張りのビルです。ガラスも昔から見ると随分進化してね、防火・飛散・強度、どれをとっても優等生。それにある程度年月を経て、飽きたり変えたくなったら入替がきくということで、納得しました。
実は長男が飲食のフランチャイジー、6店舗経営していましてね、楽山には飲食部門とお茶部門があるんです。私と次男がお茶部門です。飲食は移り変わりが激しくて大変。パスタ・スペアリブ・讃岐うどん・タコス。流行をどんどん先取りしていかないとならない。お茶屋は大きくは儲からないけれど(笑)堅実で安定した商売だと身に沁みました。
本店店内。本物の重厚感がありながら、明るく寛げる雰囲気。
本店スタッフ。右端がご子息の昭人氏。
左から2番目が奥様。
季節感のあるコーナー。
●数奇屋造りの店舗   
店は私の思いの集大成です。もともとは23坪の敷地に10坪の店だったのですが、隣りのテナントビルを手に入れて、全部で47坪の敷地。28坪の店です。仮店舗営業が1年以上続いたので随分心配しましたが、通販が下支えしてくれて売上を落とさずに済みました。
店舗は、設計と施工を同じ業者さんにお願いしないで別々にしました。設計士さんも3人候補者がいて、それぞれのこさえた店舗を見に行きましたよ。実際にこの店舗を設計してくださったのは50歳の先生。大宮のマンションを改装した数奇屋造りの店舗を見に行ったら、2階のベランダを利用して小さい庭にしてね、階段上がって庭を通って玄関に入るというような作りで、空間の使い方が粋なんだよね。すっかり惚れ込んでお願いしました。
今度の神楽坂本店は、数奇屋作りでいたるところに本物の材料を使ってもらい、色々な遊び心も取り入れました。什器も110ミリ幅の袋を10アイテム並べたい、というような要望を出したりして、全部職人さんの手作りです。からくり細工のようにギフトの季節にはがらっとちがうイメージで陳列できたり、面白いですよ。
●若い客層が増えた
何より明るくなったし、数奇屋造りが目を引くこともあって、新しい若いお客様が増えました。ただね、前の店では敷居をくぐったお客様は100パーセント何がしか買って帰ったものだけど、今は10人に1人は何もお買い上げになりません。夫婦でさ、そこに座ってお茶飲みながら、色々話し掛けてきて、結構専門的な質問とかして、それで「ごちそうさま」って帰っちゃう。次男はね、「それでいい。お客様の好奇心に応えていくこと。気持ちのいい時間を過ごしていただくことで、きちんと種を蒔いているのだから」と言いますが、えらいよね。私は「あーこの人買う気ないな」ってわかるとちょとばかり疲れちゃう。嫌な顔するのは失礼だから店の奥に引っ込んじゃうよ(笑)。
でも考えてみると、自分で育てたお客様は離れていかないものね。私のやり方と次男のやり方・育て方がちがうだけで、「お客様が神様」という根っこさえ揺らがなければ大丈夫だとは思ってますよ。基本は物心両面のサービス。品質に自信のあるものを、あまり利益をのせずに販売する。うちは多売ではないけれど薄利です。
チラシも続けていますよ。都会は人の出入りが激しいから、こちらから発信し続けないと忘れられちゃうんだよね。チラシ・DMは年四回。経費もかかりますけど「生きた金を使え」とはよく言ったもので、撒いたらOKではなく、その後どう動くかに投資の効果はかかっている。損して得取る発想だよね、目先の利益ばっかり追いかけていたんではつまらないでしょう。

飯田橋ラムラ店。ガラスにロゴが浮かび上がる。とてもお洒落なお店。

実はお茶を淹れるコーナーを店の真ん中に配して、ガラスで覆っている。このガラスにブランドロゴが彫られている。
●ささやかな贅沢   
100グラム1,000円のお茶って専門店の基準だと思うのだけど、最近1,100円のお茶に力を入れています。市場で1,000円売りのお茶は競争が激しいけれど、そのちょっと上のランクのお茶は価格差以上に味が優れている。お客様も価値を認めればお金を払う。よく「このくらいの贅沢してもいいわよね、主人の晩酌を考えたら」とおっしゃる女性のお客様がいて、日本茶の贅沢は本当にささやかな金額で深い喜びをもたらすものなのだと感じます。
●街と共に生きる
もう一つ、専門店として大切にしているのは、「街」ですね。自分の店だけ繁盛すれば、という気持ちではなく、自分たちも街を構成する一員なんだという自覚を持って、街と共に生きたい。竣工パーティにも地元の芸者さんを呼んで、地元の料亭にお料理をお願いしました。決して安くないですが、お客様が喜ぶ、料理屋さんも喜ぶ、芸者さんの組合も喜ぶ。私は義理が立つ。貧乏しながらお付き合いすることで、地元のお役に立てば、と思うのです。
飯田橋駅ラムラショッピングモールでも昨年ガラス張りの店舗に改装したばかり。こんな近い場所で何故って聞かれるけれど、設計の中心を担った次男は、「同じ街の中で本店とはちがった魅力を補完しあう店を目指した」って言います。若い人達が神楽坂の街歩きをする、大規模で画一的な商売とはちがう魅力を探しているのではないか、と感じます。
若い頃は、自分の力を過信して力で押そうとするけれど、この年齢になると街や人様に生かされているという気持ちが強くなりますね。茶業に関わって50年、お茶屋という商売が孫子の時代まで続くように、日本茶の普及にもっともっと力を尽くしたいと思います。
神楽坂銘茶 株式会社楽山
本店: 〒162-0825 東京都新宿区神楽坂4-3
TEL: 03-3260-3401
FAX: 03-3260-3402
飯田橋ラムラ店: 〒162-0823
東京都新宿区神楽河岸1-1 飯田橋セントラルプラザ2F
TEL&FAX: 03-3235-5555