茶事記59号 クローズアップ・ピープル 経営者登場34

 

●井上社長は就任されてから何年目ですか?入社から今までの流れを教えてください。
   先代が亡くなる前に社長就任し、私は六代目です。社長になって現在三期目やね。二十五歳で入社した当時は、典型的な消費地問屋で、電話もらって配達して、という仕事。全然おもろないですわ。もともと営業が好きやったからね、日通でも新人研修期間に本部が驚くくらい取次店の契約取って来て、情報システムに配属が決まった時には「なんで!?営業の方がええなあ!」と思ったぐらいやから(笑)。 
  待っているだけの商売は性に合わないので、どんどん外に出て、会社関係の業務用や葬儀関係なんかごっつい営業して、取引先を増やしていきました。そのうち台湾・ベトナム・中国の日本向けのお茶を仕入れて、静岡の問屋さんに売りに行くみたいなことも始めてね、まだ産地表示なんかが規定されていなかった時代ですわ。月二回静岡に出張してましたけど、人との繋がりというのはおもろくてね、静岡のお茶屋さんが宇治や九州のお茶が欲しいという時には私に声をかけてくださるんですわ。産地問屋の産直とか通販とかも目の当たりにしてね、その時の経験が現在の小売店舗やカフェやスイーツに繋がっています。  
 一方消費地問屋として付加価値を出すためには手間のかかる加工をしてこそ値打ちがある、と決断して、先代が「うん」と言わないから自分の実家をティーバッグや包装の加工工場にした。現在は枚方工場として統合しましたけどね。昔は荒茶を買って仕上げる加工やったけど、袋詰めやティーバッグという加工に転換してきました。    
 ニューヨークに出店した日本茶と抹茶スイーツの店「TAFU NEW YORK(タフニューヨーク)」と、スイーツのブランドで百貨店などの催事で人気の「葉乃國」、そして加工も含めた「袋布向春園本店」の三つの事業の柱があります。これを分社化して独立させるのが夢やけど、共通しているのは「お茶の伝統と文化を守りながら本格志向に基づいた商品とサービスを展開する」という軸足。一貫して追求しているのは「プレミアム」やね、それは「癒し」にも通じています。  
 外から見たら、「あいつ色々手を出すなあ」と思うかも知れへんけど、「癒し」っていうコンテンツをクリックすると、それぞれの業態にリンクするみたいなイメージやね。そこ(「癒し」というコンテンツ)がブレたらあかん。儲かればいい、という発想で手を広げたら、絶対失敗すると肝に銘じています。
色々なメディアでニューヨーク進出が、取り上げられていますけれど、「日本茶がすたれてしまうという危機感があり、日本茶の本当の良さ、味や効能を一人でも多くの方に伝えるため、その第一歩としてニューヨークに出店した」とされています。「なぜニューヨーク?」というのが茶業関係者の率直な疑問だと思うのですが‥。
 発想を転換したんですわ。まずニューヨークで成功して、それを東京に逆輸入する。世界で最も洗練された人々が集まるニューヨークでお茶の文化が認められれば、東京でもきっと成功するという考えです。ニューヨークに出店決めた時から、東京は視野に入ってますから。  
 お茶屋さんは企業というより家業という規模、例えば同族で個人商店が圧倒的多数ですよね。もしかしたら「日本茶を売る・日本茶の良さを伝える」には、今はそれが最も適した規模かも知れん。経営者が、自分の目の届く範囲ですべてを把握できるわけやし、自分の色をお客さんに伝えるのはたやすいしね。 
   でも私はそこを超えたいとあがいているんです。五年先・十年先を考えて、はがゆいと思いつつ下に任す。そりゃあ、自分がやった方が思い通りにできるし早いし簡単ですわ。でも、そのやり方を続けていった五年後・十年後は行き詰まってしまうような気がしてならない。
   でも私はそこを超えたいとあがいているんです。五年先・十年先を考えて、はがゆいと思いつつ下に任す。そりゃあ、自分がやった方が思い通りにできるし早いし簡単ですわ。でも、そのやり方を続けていった五年後・十年後は行き詰まってしまうような気がしてならない。
実際に立ち上げるまでに、どのくらいの時間をかけられましたか?
 これを言うと驚かれるんやけど、ほぼ六ヶ月で立ち上げました。
六ヶ月?!すごいスピードですね。
 そう、ニューヨークのセントラルパークに近いマンハッタンの中心部、ミッドタウン・イーストのダブル・ツリー・メトロポリタンホテルの一階に約五〇平方メートルの物件を紹介されて、その場で即決したはいいけど、アメリカではFDA登録が必要なことも知らんかったし、空輸しているスイーツも開店二日前に到着したという綱渡りです。  もともと昔から、「自分より能力がある人に任せてやってもらう」というスタンス。ディレクター・店舗設計から工事・デザイナー・VMDプランナー・広報・缶屋さんをはじめとするパッケージメーカー、外部のそれぞれの分野のプロに関わっていただいて力も知恵もいただきました。 私はあくまでも調整役。もちろん最後には決断もする。ですから「イチ足すイチは2」というような指示待ちの人や会社とは付き合いたくない。「こうしたらどないや」「いや私はココは譲れへん」という応酬の中で、今までなかった価値は生まれてくると思ってます。  そしてスタートに漕ぎつけたら「やりもって修正」の連続ですわ。昔、情報システムを開発をしていた時のように、ここを押したらこうなってこうなってこうなる、そしたらこう廻る、という仕組みに落とすまでやりながら修正を加えていく。経営手法は、至ってシンプルです。
ニューヨークに出店されていかがですか?
 まあ、波乱万丈ですわな(笑)。オープニングセレモニーは、広報の尽力もあって、すごい人。百人くらいのプレスの前で挨拶したんですが、日本語の標準語の原稿には「通訳するからここで区切れ」と書いてあるし、社員には「あれはひどい!カタコトの日本語の標準語なんて」とブーブー言われたりして(笑)。  
 セレモニーの翌日には氷冷庫が壊れたって大騒ぎ。水が出てホテルからは文句言われるし、戻った日本から必死に電話でやりとりして復旧させましたけど、散々ですわ(笑)。スタッフは日本からは一名で、他は現地採用です。「プレミアム」であることを大切にしているので、おもてなしの方法もすべて日本式。アメリカはフレンドリーなのを良しとしているけれど、例えば「TAFU NEW YORK」ではお買い上げいただいた商品を手提げに入れてお渡しするのは、必ずカウンターから外に出て、両手を添えて手渡しする、ということを大切にしたいのです。日本人でもアメリカ生活が長くなると、そういう価値観を共有出来へんのね。そんなんどんな意味があるんか、みたいになって結局理解してもらえないと感じたこともありました。
商品ではどのように「プレミアム」を表現されていますか?
 お茶は、その場で淹れた「Green Angel」(煎茶)・「Golden Leaf」(ほうじ茶)・「Shiny Slim」(玄米茶)・「Kyoto Emperor」(抹茶)を一杯二ドル五〇セントで販売しています。ニューヨークのグリーンティは砂糖や蜂蜜入りの甘いものが主流ですが、あくまでストレートで本格的なメニューです。目の前で、きちんと手順や作法を説明しながら淹れると、真剣に見て飲んで、初めての経験だからか、ポーンと百グラム三千円の玉露が売れる。私にとっても新鮮な体験です。   
 日本茶を贅沢に使ったスイーツも、クッキー、ロールケーキ、フィナンシェは、現地で委託生産ですが、チーズケーキ、大福、チョコレートなどは、すべて空輸ですから、日本で購入するより高いです。大福一つ五百円くらい、でも売れるんですね。もともと百貨店の催事に出ている「葉乃國」ブランドのスイーツは、近くの職人気質の個人商店と試行錯誤してたどり着いた味なんです。「こんなに抹茶入れてどないしますのや」「かまわん。うちはお茶屋や。普通の抹茶味とはもともとのコンセプトがちがうんや」という感じでな。実は、アメリカに渡るのに、個人商店よりももっと大きい通信販売とかもきっちりやっている洋菓子メーカーと提携した方がいいんちゃうか、と思って、レシピと原料を渡して試作していただいたんです。ところが全くダメ、全然味がちがうんですわ。で、「ごめんな。やっぱりあんたとこでないとあかんねん」言うて、元に戻した経緯があります。そういうトコには、むっちゃこだわる。でないと、一時良くても継続性がなくなる。じわじわでいいから、広がっていくには、譲れない部分です。
象印マホービンさんのタフマグと共に、給茶スポットもされています。
 アメリカは京都議定書にも批准していないし、日本よりずっと環境意識は低いです。だからこそ、エコに繋がる「マイボトル・キャンペーン」は新鮮な切り口やと考えました。象印マホービンさんに協力していただいたのですが、タフマグという商品名も社名と合っていて、偶然の一致に感謝しています。日本での給茶スポットも、エコの取組みとしてマスコミに取り上げていただきましたが、アメリカの新聞記事には、日本茶への賛辞と並んで、「夜になってタフマグのフタを開けたが、何時間もたっているのに、香りがあり、氷も残っていて感動した」という記述もあって、優れた性能の水筒に対しても驚きがあるようです。   
 私も知らなかったのですが「コーズマーケティング」という分野があって社会的な課題を解決することとを自社の事業活動を通じて実践し、収益に結びつける戦略の一つなのです。単に売り上げを上げるだけではなく、いかに社会に必要とされる事業活動として継続できるか、という視点がこれからは必ず必要になるはず。まずは、そういう意識の高い方からの注目も期待できるので「エコは便利でおいしい」を地道に発信していきたいと考えています。他にも、氷冷庫がエコロジーと評価されたり、日本では当り前の技術がニューヨークでは珍しいこともあるわけです。たとえば茶缶や茶袋が、日本とはちがう価値観を持って選ばれる可能性もある。ベーカリー・アイスクリームなどの製造業者などに日本茶の卸もスタートさせましたが、ニューヨーカーが何に価値を見出しているのか、アンテナを高くしながら、「プレミアム」の軸足を大切に事業展開していきたいですね。