第64号 お茶のエデュケーター 井上典子氏

茶業に携わるたくさんのガンバル人の中から、とびきりの頑張りやさんをご紹介するこのページ。

今回ご紹介するのは、井上典子さん。大阪・袋布向春園社長のお姉様ですが、会社の枠を超えて、お茶のエデュケーターとしての一歩を踏み出そうと準備中です。自分が自分の為に淹れる一杯のお茶の愉しさとその時間の大切さを伝えていきたい!そんな熱い思いが溢れる取材でした。

もともとはお茶の加工場で工場長も含め13年。その後袋布向春園の営業を担当していました。その頃、2005年ですね、単なるお茶葉ではなく、何か新しいことを提案したいと思い、青い茶葉をほうろくで炒る「先代すえばあちゃんの炒ったら焙じ茶」を商品化しました。炒る前の茶葉と陶器屋さんとコラボしたほうろくのセットです。いつも炒りたてのほうじ茶を飲み、何よりもほうじ茶が大好きだったおばあちゃんの名前をとって商品名とし、フーデックスに出展しました。予想以上に好評で、まず懐かしい香りに喜んでいただき、「焙じ茶ってもとは緑の緑茶なんですね!」と驚きの声が上がり、「炒る」という行為を知らない日本人が沢山いることに気づきました。
これがご縁で、日伊相互文化普及協会のスローフード祭やジャパンフェスタに出展し、イタリアでもほうろくで焙じ茶を炒るパフォーマンスをしたんです。そしたら、イタリア人も日本人も反応は同じ。パフォーマンスをすれば、お茶に興味を持つし、たくさん質問も出るけれど、こういうきっかけがなければお茶のことは何も知らないで過ぎてしまう。

今まで、会社の中で「お茶を売る」ことばかり考えて行き詰まっていたけれど、「売る」前に大切なのは「伝える」こと。今日の売上、つまり今日のメシのことに追い回されてばかりではなくて、明日のメシ担当として、一会社の枠を超えて「お茶を伝える」ことを仕事にしようと、袋布向春園を退社しました。
ほうろくって「時間の象徴」なんですね。手間暇かける豊かさ。素焼きにしたのは、使い込むうちに色が変化していく、ほうろくも育てていくような感じを出したかったから。全国のお茶屋さんにほうろくをひとつ持っていただいて、自分で独自の店舗オリジナルほうじ茶を作って行って欲しいと願ってます。香りって長く記憶に残るじゃないですか。お店で炒ることで、お客様が「お茶屋さんに行くといつも焙じ茶を炒ってくれたなあ」みたいに、ほっとする場所としてお茶屋さんの香りを記憶に留めて欲しい。それは日々の小さな種蒔きですが、きっと未来に繋がる確かな一歩だと思うのです。

子どもさんや若い方が来店するお茶屋さんにならなければ未来はありませんから、そのためにどうしたらいいかな、と常に模索しています。基本は100グラムのお茶をチャック付袋に入れて販売していますが、ほぼ全種類、1回分の小分けにして100円から200円で購入できるようにしてあります。手間はかかりますし、利益もギリギリですが、若い女性は、かなりの割合で小分けパックを数種類購入して飲み比べるところからスタートしますね。先日も1回分150円の上等な玄米茶を「これは私の特別頑張った日に飲むために買います」とおっしゃる若いお客様がいらっしゃって、「玄米茶は日常茶」などと売る側が決めるのはズレているんだな、と改めて実感したところです。

給茶スポットはスタート時からエントリーしていますが、加速度的に利用者は増えていますね。何本も水筒を持参されて、「これには炒りたて焙じ茶、こちらはシャカシャカ抹茶、これはロックDEお茶!でお願いします」というような方もいらっしゃいます。スタンプラリーも年々参加者が増えて、集計結果が全国で2位だったのも励みになりました。
特に子どもさんの来店はとても増えました。小学生が1人で「給茶してください」と来店されるのは嬉しいですね。店舗には幼稚園児とか2~3歳のお子さんを連れた若いお母さんも多いです。子ども達は、小さければ小さいほど味覚が敏感で、おいしいものがわかります。昨年の夏は、ハリオさんの茶器を使って氷だしの玉露を店頭でほんの少しずつ試飲していただいたんですが、小学生が「宇治の玉露って色は無いけど、味はすごくするねー」と感想を言うくらい(笑)。抹茶は嫌い、とか、お茶は苦いからいやや、という子がいると、「嫌いやったら尚更飲んでみて食べてみて」と迫ります(笑)。嫌いなのは多くの場合まがい物の体験をしてしまったからなので、ホンモノを体験すれば、必ず「おいしいやん」て笑顔になりますから!
もうひとつ。お店のスタッフが本気でお茶が好きになって、義務ではなく自らが楽しんで工夫して伝えるようになることも大切なポイントです。主婦のパートさんが多いので、敏感な感覚を引き出し、メニュー作りもイベントも指示待ちでなく主体性をもって取り組んでもらうためにスタッフノートを始めました。

売り出しをやめるという冒険もしました。3年前まで売り出しをしていましたが、売り出しを狙って来店されるお客様ばかりになってしまって、普段来店してくださるお客様に還元できていないじゃないか、と気づきました。それならばお誕生日に500円の割引券を差し上げて還元しようと。売り出しをやめても利益は落ちなかったですよ。
売り出しのかわりに昨年末には陶器市もしました。これも安売りではなく、「ひとりで楽しむ」「気のはる人をもてなす」「パーティーでふるまう」など、生活シーンのテーマを決めて、どんな時に使いたいかをイメージして選びやすいように企画しました。急須、とても売れましたよ。お気に入りの急須を探している若い方が本当に多いんだってことに驚きました。若い人が急須を持っていない今は、チャンスなんだって思います。
他にも「お茶の淹れ方教室」ではなく、お茶の歴史講座や書と絵・折り紙のお教室を有料で開催して、そこでお茶とお菓子を楽しんでいただくようなこともしています。10人から12人の小さなサロンのような講座ですが、口コミで広がり人気があるんですよ。「○○しながら」というのが、お茶の持つ空気には合っている。一期一会ではあるけれど、ひとつの団欒のカタチだな、と感じています。

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