茶事記60号 クローズアップ・ピープル 経営者登場35

 

●若杉社長が入社されてから今までの流れを教えてください。
  父は碾茶の生産農家の七男坊で、夫婦で本家の納屋の軒先を借りてスタートした家業でした。お茶屋さんへ碾茶や抹茶を卸すのが仕事でしたが、父が病気がちなので、母が車で一時間以内の八百屋さんや小さな個人経営のスーパーに抹茶や煎茶を納め始めました。
  高校卒業後、しばらく家業を手伝って、「なんて売れないんだ」と暗澹としました。それ以上にお茶を納めても中々代金をいただけないことに愕然としましてね、「僕は売ったらその分だけ代金を支払ってくれるところにお茶を売りたい」と父に宣言しました。それから「どこに売ったらいいか?」新聞とにらめっこです。
  まずは行政。岡崎市とか愛知県とか、営業に行きました。次に大企業。トヨタさんとかデンソーさんとか、こちらも地図を見ながら門戸を叩いた。そして人が沢山集まるところ。競馬場・競輪場・旅館・観光施設から常滑焼祭りのような二日で二〇万人が繰り出すイベントまで、これは多岐にわたります。何のツテもないのですべて体当たりです。
  もちろん最初は門前払い。五年は採算が合わなくても良い、まずは知名度を上げることが目標と考え、たとえばアイスグリーンティの試飲サービスを一日一万杯というようなことを続けました。損して得取れ、と言いますが、最初に利益を考えたら一歩も前に踏み出せないですね。二年三年と経つうちに、組織の中の人とも仲良くなって、個人の家庭用や贈答用を注文していただけるようになり、同時に業務用のご注文もいただけるようになりました。信用は後からついてくるのですね。
  そう、基本は営業。本店を構えた現在も同じです。出て行くしか生き残れない。じっと待っているのは不安なので、どんどん外に出て動くのが私のやり方です。
そして、二〇代前半に、「観光バスが寄れる抹茶工場を作りたい」と決心され一途に努力し現在があるというわけですね。
 いえいえ、二〇代で誓った時から、時代はどんどん変化していくわけです。色々な枝葉が出てくるし、人の流れや考え方も変わる。渦中では、どこが枝葉でどこが幹か把握できない時もあります。
  そもそも最初は、西尾から車で三〇分のところにある三ケ根山の展望台にお茶を卸していましてね、一日五〇台六〇台の観光バスが来るのを目のあたりにした。知多半島にも渥美半島にも観光スポットや温泉があって、三河湾を一望できる展望台にはこれだけの観光バスが全国からやって来る。一方、西尾は日本一の抹茶産地でありながら、素通りされてしまう。「ああ、このバスを西尾に呼びたいなあ!抹茶をもっと知ってもらいたいなあ!」と思ったのが、そもそもの始まりです。抹茶は今でも石臼で挽き、一時間に約三〇グラムしか作れません。茶葉を粉砕したりフリーズドライとは根本的にちがいます。本物の定義というものを私は大切にしたいし、伝えることでしか守れないと考えているので、抹茶の製造工程を見学できることが必要でした。
  しかし次に来たのはスーパーの時代。大型スーパーの出店によって、人の流れがガラッと変わるのです。スーパーでのお茶の販売は二つありますね。一つは棚段に並べる、もう一つはテナントです。私は迷わず「スーパーのテナントをやりたい」と考えました。卸しをしながら、「良い品質の商品を適切な価格で購入してもらうためには、お客様に直接売らなければダメだ」ということを、痛感していましたからね。
  一号店は一九九〇年に出店しました。心に決めていたのは「お茶屋さんだと思われない店にしよう」ということです。若い方が、先入観なく「この店、何だろう?」と敷居を跨いでくれるようなお店を目指しました。参考にしたのは衣料品店と酒屋さんです。全国の色々なテナントを見て歩き、色使いもモノトーンにして、店内の照明も落として、店作り・陳列・そしてお茶、という順番に詰めていったのです。
その後六号店まで増やしていくのですが、一貫させたのは「まん中よりもちょっと上を狙う」ということ。あまりグレードが高いと避けられるし、低くてもそれなりのお客様しかいらっしゃいません。真ん中より少し上。憧れとか、手が届く上質と言えば伝わりますか?
そこから六店舗は順調でしたか?
 とんでもない。一店舗目は、週に一回くらい自分が店頭に立てますし、妻が本社で事務仕事をしつつ店頭で働いたり、スーパーの理事会の役職を担ったり、自分達が深夜まで遮二無二働いて回すことができます。つまり一店舗目は自分達の目が届く範囲なのですが、二店舗目になると、八割を他人に任せることが必要になります。家業で他人の管理をしたことがないわけですから、これがとても大変でした。任せることの大切さと大変さを学びましたね。
  三店目では、目が届かないだけでなく、在庫管理も資材発注も頭の中では整理できなくなりました。システム化すること、見える化すること。これが次のハードルでした。このように店を増やす度に何らかの新しい壁が立ちはだかり、自分を鍛えてくれたのです。
そしていよいよ本店オープンですね。

はい、まず大きな道路に面していること。茶畑に隣接していること。駐車場の用地が大きいこと。そういう条件で土地を探してきました。現在の土地は、最初に思い描いていたのに比べると格段に小さいのですが、隣接地を将来的には購入していくイメージで決めました。ところが、地主さんと賃借契約をしていた土地が、急に相続の問題が起きて使用不可になり、なかなか思い通りにいきません。今は、店の前でバスから乗降していただいて、少し離れた旧本社の敷地にバスを駐車していただいています。
西尾はお抹茶処で小中学生は授業で手摘みの体験までしているのに、実際に抹茶を点てたことのない人が沢山いました。そこで、茶房にはテーブルの中に茶釜をしつらえ、茶道のお稽古のような格式ではなく、気楽に抹茶を点てる経験をしてもらうようにしました。ここでも、狙っているのは真ん中より少し上。かしこまっているのでもなく、あまりラフに過ぎない。気軽に手間を楽しむ感覚を大切にしています。茶房での体験が、家に帰って普段の生活の中に繋がっていってほしい、という願いなのです。

茶房のメニューは、ランチもデザートもありとても多彩ですね。
 メニューも同様で、家庭でも抹茶を使った料理やお菓子を作っていただきたい、という気持ちで作りました。

ご自身で作られたのですか?

私が、というより、妻を中心とした社員が考えました。今まで飲食の経験は皆無ですから、すべて手探り状態。メニュー以上に心配だったのは、仕事の流れやオペレーションです。たとえば、食器はどのくらい必要なのか、備品の配置や掃除の仕方など、皆目見当がつきません。社員を一年間飲食のお店に修業に出し、毎日毎晩「今日の気づき」を書いてファックスを送ってもらいました。必死でしたね。
  プレオープンには、練習のために飲食にご来店ください、とお願いして、二日間、数百人のお客様を本番さながら二回転させるという実験をしました。そりゃあもう、大変。「知る」と「やる」は大違いです。食器は足りない、駐車場の満車時の対応ができない、アイスは溶ける、パフェの大きさが不揃いだ、レジは渋滞する。パニックを経験して、社員の目の色が変わりました。身が引き締まったというのでしょうか、私が上からの立場で説教しても伝えられない体験をし、無事に開店を迎えました。
  しかし、飲食のお客様の来店数が伸びないのです。半年後には、ギャラリーをオープンし、観光バスに営業に行こうと計画していたのですが、一日三組、四組という日が続いて、夜眠れない日が続きました。寝ても覚めても「どうしたら飲食にお客様が来てくださるのだろうか」と考え続けました。
●今ではほぼ常時満席ですね。転機はどこにあったのですか?
 斉藤吾朗先生ってご存知ですか?モナリザの模写をシャガールと共に許された西尾在住の赤絵の画家です。私はこの方の絵がとても好きで、高額で購入は無理だけど、茶房に貸してくれないかなあ、と漠然と考えていました。その頃、名古屋造形大学の日本画の鈴木喜家教授も西尾在住と知り、「二人の巨匠展として、ギャラリーで展覧会をしてくれたら」と思い、会いに行きました。今思うと怖いもの知らずで恥ずかしいのですが、その時には、「西尾には美術館がないし、二人の作風のちがう絵を一緒に見られたら皆さん嬉しいだろうなあ」というような単純な思いでね。お二人とも個展でお客様を沢山呼べる巨匠ですから、驚かれて、逆に新鮮に感じていただいて、実現しました。
  ラジオ・新聞とメディアに取り上げていただいて、ゴールデンウィークでしたが一日二千人、延べ一万五千人の来場者。二年目からはテレビに取り上げられ、名古屋はもちろん、新幹線や飛行機に乗っていらっしゃるお客様も増えて、リピーターが一気に増えました。絵とお茶の相乗効果、両方とも文化なんですね。価値を見出すことができれば金額の多寡を厭わない、そういう品格のあるお客様がつきました。
  私はお得意様とファンを分けて考えています。当社が足を運ぶのがお得意様、お客様が来てくださるのがファン。ここをあいまいにして、ファンをお得意様にするのはいけない、なあなあの関係ではなく一線を引くことが大切です。
  またファンはあくまでも店につくこと。個人のファンではいけません。カリスマ美容師は技術にファンがつきますが、松鶴園の技術は工場の職人が受け持つ。店舗は店員が誰であってもサービスや接客の質が一定であることが大切です。
  逆に工場では、「これでいい」ではなく「これでなきゃいかん」というこだわりを持て、妥協をするな、と言っています。褪色しない画期的な抹茶の製造に成功しましたので、飲料用・食材用としても、本物の抹茶を西尾から世界に広げていきたいですね。

 
 
 

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